杜から出て足を止めてどうしようかと足踏みをした。ペットボトルは懐に入れてあるが
月夜はどかしてもらわないと困る。このままだと月夜が夕香の背に覆いかぶさっている状
態だ。
「日向?」
《教官》
 夕香は驚いた顔をしている教官によってとりあえず月夜を下ろしてもらえないかと頼み、
下ろしてもらってもとの姿に戻った。
「さすが、狐だ。化けるのは得意な方か」
 感心したように言っている教官に呆れつつ、月夜の状態を見る。まだ、大丈夫なようだ。
「ムカデの毒か?」
「はい」
 頷くとペットボトルを懐から出して教官に手渡した。その後ろから狸と狼が来た。
「お狐」
「夕香」
 教官の後ろにピタリとつくと軽い音を立てて人の形に戻った。莉那と嵐だ。嵐は地面に
寝そべられている月夜の状態を診て眉を寄せた。
「教官、薬草が必要だと思います」
「なんだ?」
「氷華草、それに類するものが」
「じゃあ、こいつの兄の下に向かってムカデの解毒剤をくれと言え。これを持ってけよ」
 ほうって投げられたのは水が入ったペットボトルだった。半分ほど分け与えて作っても
らえと細かく言った。
「それ」
「別にいい。あいつの事だ。多少使っても平気だろう」
 肩を竦めて余った分は持って返るようにときっちり言って嵐と莉那は異世界に旅立った。
それを見届けて教官は月夜を背負い夕香は教官の代わりに門を創ってもとの世界に還った。
 そして、嵐が取りに行った解毒剤のお陰で月夜の毒は解けた。だが、長い時間、霊力を
封じていたためだろうか新陳代謝が極度に落ちていたために数週間、昏睡状態が続いてい
た。
「いつまで寝ているのよ」
 月夜の部屋で夕香はそのベッドの傍らに椅子を置いて介抱していたが、ただ眠っている
だけなので、何もやる事がない。最初の一週間こそ熱を出したり吐血したりで大変だった
のだが体の回復がすんできたのか、今や、すうすうと健やかな寝息を立てて眠っている。
その顔色も普段起きているときよりずっといいものだった。
 さすがに数週間起きないままということなので医療設備のあるところから点滴やら何や
らを持ってきて出張看護士が体の状態をカルテに記入したりとしていた。入院しない理由
はお金がないからだ。
 とはいっても、点滴代もかかるのだが入院費よりはかからない。まして、体の状態にか
かわるものだからそういっていられない。
 と、いつも摂らなければならない養分をとっていなかった月夜の体は本人の意識にかか
わらず点滴で十分に与えられる養分を使ってせっせと体をこしらえていた。数週間のうち
に来ていたジャージがつんつるてんになっていたは夕香も知らない。
 気づいたのはある日の夕方だった。寝汗を掻いていた月夜の毛布を剥ぎ取ったとき偶然
腕が見えた。細く白い手首から前腕の三分の一ほど見えていて眉を寄せてもう片方を見る
と同じようになっている。ついでに足も見てみると同様に長くなっていた。
「寝ているうちに成長って」
 成長が止まりつつある夕香は無性にむかついてきて頬を膨らませてため息をつき毛布を
元に戻し目を伏せた。
「狼か」
 携帯を取り出して嵐を呼びつけて事情を話すと嵐はさも可笑しそうに腹を抱えて笑って
いた。
「笑ってないで、このままほっておいても平気だと思う?」
「何で俺にそんな事」
「同じ男でしょ?」
 その言葉に嵐がまた吹いたのは言うまでもないが、嵐は一息を吐いてから部屋に戻り、
自分が着れなくなった、一般的にお下がりと呼ばれるものをとってきて月夜に着せた。そ
れで事なきを得たがどれぐらい伸びたのかが気がかりだったのは嵐だった。
「でも、寝てる間に成長できるってうらやましい限りだな」
「まあ、ね」
 まだ成長しているものと成長が止まっているものの違いだろうか。夕香は憮然としてい
る。
「何がともあれ必要な栄養をまったく摂ってなかったというのは明らかになったな」
「そうね」
 そううなずくと嵐がニヤニヤし始めた。どうせまた変なこというんでしょうねと当たり
をつけた夕香は嵐の言葉に真っ赤になることになる。
「がんばれよ、新妻さんよ」
 からかい半分の言葉にある言葉を思い出しかけたのだがそれを意志の力で押さえつけと
りあえずめいっぱいの力で嵐を殴りつけておいた。
「そうそう、教官が教官の任務終わったら着てくれだって」
「いつ?」
「多分、明日の朝」
「あっそう」
 じゃあねと部屋の中からけりだして月夜の傍らに座ると深くため息を吐いて顔のほてり
を収めた。
「いつんなったら、おきんのよ」
 ため息交じりの声はむなしく響いていった。


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